第5回「Rhetoric in Europe and America」

ライター:Aグループ 高森俊弥先生、Bグループ 大澤和仁先生

第1セッション  William Shakespeare 『JULIUS CAESAR』

☆Aグループ
 今回の対話は、「Rhetoric」をテーマとし、シェークスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」を取り上げた。まず冒頭にモデレーターから、対話はテキストのどの場面からでも可であることが宣言され、対話に入った。市川アカデメイア第5回①
 対話は、ブルータスの演説の特徴から始まった。シーザーを称え、 そして落とす。問いかけ→否定といった「反語」の手法を用いて市民 を説得している。理路整然と演説し、抽象的な表現が多い。市民に「忠誠心」を訴えていた。など参加者から多くの指摘がなされた。次いで対話は、アントニーの演説の特徴へと移る。ブルータスとは違い、具体的で、やや感情的という印象を受ける。反復表現を多用したり、「間」を取ったりなど市民の心に訴えかけているようだ。演説中、壇上から降りて市民の目線で演説するといった行動も、演説の正当性を高めているなど意見が出され対話が進められた。また、アントニーはシーザーの「遺書」「血に染まったマント」「亡骸」といったものを市民に見せることによって視覚に訴えていた。これは、現代でいうところの「オブジェクト・プレゼンテーション」に当たるとの指摘で、16世紀の戯曲の中でのレトリックが21世紀の今に通じていることが理解された。
 ここで、モデレーターの「今までの対話でブルータスとアントニーのどちらの演説に心を惹かれたか」という問いに、参加者の手は、ややアントニーに多く挙げられた。
 終盤になると、対話は市民の言葉にも及ぶ。言葉を発する市民は4名ほどいるが、ある市民はアントニーの演説に同意ばかりしている。またある市民は自らの意志の揺らぎが大きく、民衆の「流されやすさ」の象徴なのではないか。といった指摘がなされ、民衆は、以前対話を行った『大衆の反逆』で語られる「大衆」との親和性が示唆された。
 対話の最後にリソースパーソンから、「論理的に訴えるブルータスと情に訴えるアントニー。将来、皆さんがリーダーとして人を説得するには、どちらを選ぶのかが大切になるだろう」との指摘があり、対話は終了した。

☆Bグループ
 第1セッションはWilliam Shakespeare “JULIUS CAESAR”である。Bグループでは主に「レトリック」と「民衆」について対話が進められた。
 最初に、アントニーが言葉の「反復」を効果的に用いていることについての指摘があり、「honorable man」という台詞に着目した。この表現の効果について、繰り返すことで強調されるだけではなく、相手を必要以上に持ち上げることで強い皮肉の効果をもたらすという意見があった。次に、アントニーとブルータスの比較に移り、ブルータスはシーザーが抱いていたとする野心(未来)について述べる一方、アントニーはシーザーが民衆に対して施した恩(過去)をアピールした。民衆にとっては実際に体験したことを述べたアントニーの方が影響力の大きいスピーチになったのではないかという指摘があり、表現の繰り返しだけでなく、聞き手がイメージしやすい話題を提示することの重要性が語られた。
 ここでリソースパーソンから「レトリック」はアリストテレスの時代(『弁論術』)からあり、修辞学の基本は「意味・形・構成」から成り立つという説明がされた。他にも「婉曲」表現など多くの技法が使われているという指摘があった。そして、演説を受けて発言している市民の影響力についての投げかけがあり、ここから対話は「市民」に焦点が移った。
市川アカデメイア第5回② 最初に、民衆に最も大きな影響を与えた市民は誰かという話題になった。意見の方向づけをする市民1、最終的に意見を決定づける市民4などが挙げられ、それぞれの発言回数や意図について対話がなされた。そして対話の焦点は民衆に移り、民衆はそれぞれが自分の意見を持っておらず、同調圧力によって「大衆」になってしまっているという指摘がなされた。ブルータスとアントニーが民衆の口からそれぞれ「Live! Brutus! Live, live!」や「Revenge!」という言葉を引き出しており、群集心理を巧みに利用している誘導こそが「レトリック」の大きな効果であるのではないかという発言でまとめられた。
 最後に、コモデレーターからはデモクラシーの移ろいやすさと、以前アカデメイアで扱った『大衆の反逆』の対話との類似性について指摘があった。モデレーターからは、戯曲として描かれているため、実際の映像や劇を見ることで新しい発見があることや、現代社会でAIが発達しても、民衆の心を動かす「レトリック」は人間固有の価値として残るのではないかという指摘があり対話は締めくくられた。

第2セッション  A.Lincoln『The Gettysburg Address』

☆Aグループ
 対話を始めるにあたりモデレーターから、南北戦争の歴史的位置づけ、時代背景等について簡潔に話があった。その後「ゲティスバーグ演説」を朗読したものを参加者全員で聞き、対話に入った。
 対話の最初のテーマは、演説中の人称であった。演説中の一人称は「I」を用いず「We」が用いられていることに着目し、その理由として、リンカーンはアメリカ大統領として民衆から選ばれたことを意識したものではないか、アメリカが一つになるという意味があるのではないかなどの意見が出された。ここから対話は、一つ一つの単語が持つ意味にまで言及されていく。例えば「liberty」と「freedom」。参加者の一人がこの二つの単語が使用されていること、そしてそれらには意味の違いがあるのかと疑問を呈したことで、リソースパーソンから、「どのような違いがあると思うか」との問いかけがあり、「liberty」はアメリカが独立した時に獲得した自由。物理的身体的自由。一方「freedom」は、未来にある自由。心理的精神的自由。などの指摘がされ、活発な対話が続いた。
市川アカデメイア 第5回③ また、演説の冒頭にある「Four score ~」の部分は、聖書にもみられる表現であるという点、「We are engaged ~」という表現は「受身」の形であり、「神から与えられた」ということを意味するのではないかという発言から、「宗教」「神」といった存在がこの演説の根底にあるとの認識を得るとともに、モデレーターからは宗教に寛容なのは日本人だけではないかといったことも指摘された。
 戦争についても対話が行われた。演説の内容から、リンカーンは戦争を無意味としてとらえてはおらず、我々が一つになるためには、この戦いが必要であり、戦いで亡くなった人々を弔い、この戦争での死の意味を考えることが大切だと考えているのではないかとの指摘があり、演説の中で「捧げる」という意味の単語が多用されていることから同意できるという考えが示された。
 対話の終わりに、リソースパーソンからこの演説の内容には、日本国憲法にもみられるものがあるということ。モデレーターからは福沢諭吉の『学問のすすめ』の冒頭も、この演説の内容と同意の部分があることが指摘され、たった3分弱の演説から多くのことを学ぶことができた。

☆Bグループ
 第2セッションではAbraham Lincoln“The Gettysburg Adress”である。
 対話に先立ち、モデレーターから演説の歴史的背景の説明が簡潔にあり、このテキストを読む意義として、大きな変革が起きた時のリーダーの振る舞いを考えるきっかけにもなり得るという示唆があった。その後「ゲティスバーグ演説」の朗読を全員で聞き、対話に入った。
 最初に、聴衆を引きつける工夫として冒頭に着目し、「聖書」の表現を用いることで演説を受け入れやすくしているという指摘があった。次に冠詞に着目し、「a」を多用しているのは、南北隔てなく、普遍的な意味で自由を獲得したと主張しているのではないかという鋭い考察があり、これに類似した点として、リンカーン以前の大統領演説では「citizen」が多く使われていたが、リンカーンは「people」を使っている点に着目し、同じくアメリカ全土を意識しているという発言があった。その後は、「反復」を効果的に用いている点や、「過去、現在、未来」という構成で語られているなどが指摘された。
 ここでモデレーターから、リンカーンの政治家としての「したたかさ」はないだろうかという疑問が提示された。
市川アカデメイア第5回④
 その後、「great task」という表現に着目し、南北だけでなく戦死者も生存者も全員で民主主義を成し遂げたと共感できる表現を用いていることや、戦死者を祀り上げることで戦争への意味づけを強化しているということが挙げられた。そして、民主主義の話題から、『大衆の反逆』とのつながりが示唆され、これまでのアカデメイアで積み上げてきた対話が最後につながっていることが感動的だったといような意見もあり、活発な対話が続いた。

 最後に、リソースパーソンからは3分足らずの演説にもかかわらず、これだけ多様な解釈ができることが名文たる所以であるという指摘があり、コモデレーターからはリンカーンはもともと奴隷解放には積極的でなかったが、南北戦争中に方向転換しており、そのような視点から演説を捉えなおすとまた新しい観点が得られるのではないかというサジェスチョンで対話は終了した。

一年間を振り返って

☆Aグループ
  今回が、2017年度市川アカデメイアの最終回ということもあり、参加者全員が印象に残ったテキストを挙
 げ、一言コメントを述べた。多くの生徒から「東洋西洋の古典から近代に至るまでの思想に触れ、多くの示
 唆を得るとともに、苦労しながらも対話に参加することができた」との感想が寄せられた。なかには、「ど
 のテキストが一番かは決められない。考えても考えてもわからなくて眠れないこともあった。でも自分には
 なかった新しい発想を知ることは楽しかった」という感想もあった。この一年間の対話とそこから得られた
 「気づき」を大切にしていこうという参加者の思いが感じられた。

☆Bグループ
  最後の振り返りでは一人一言これまで最も印象に残ったテキストを挙げながら、感想を述べ合った。ア
 リストテレスの『形而上学』が思考訓練になったという意見や、『イザヤ書』によって宗教の大きさを知っ
 たという意見があがった。他にも、テキストの精読と対話を通じて「自分の思想を根底から覆された」、
 「人間の存在の本質を考える機会になった」、「予習で読んでいる時に考えてきたことも、対話をすること
 で新しい発見が得られて楽しむことができた」など、多様な気づきが共有された。1年間10本の古典的
 名著に挑んだ参加者の表情はとても達成感にあふれていた。