141.深く読み対話し書く…市川アカデメイアに思う

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市川学園理事長・学園長 古賀正一

当学園の目指すものは、品格あるリーダーとして国際的に活躍できる紳士淑女の養成であります。古今東西リーダー論はたくさんありますが、リーダーにはビジョン、情熱、判断力、実行力の4つの力が必要であり、ノーブレスオブリージュ(高貴なる者の責務)が重視されています。なかんずく正しい判断力は、広い教養に裏打ちされた洞察力と苦難の実体験を通じて鍛えた人間力が土台となります。教養が重視されるゆえんです。

昔の旧制高校では教養教育、特に難解な哲学書を読み、知の闘争とも言うべき切磋琢磨が人格形成に役立ったと言われています。近年高学歴・低学力といわれるほど、日本の一般の大学生の質が劣化し、一方早期の専門化によって教養や基礎より瑣末な専門知識が重視される傾向があります。真の人材育成にはマイナスで、社会のニーズにも合いません。教養教育が一部の大学で重視されているのは救いです。古典をじっくり読むことを通じ、本質を見抜く洞察力、思考力、判断力ひいては人生如何に生きるべきかを学びたい。

さて当学園は、建学の精神をベースに、リベラルアーツ(広い教養)を教育の基本方針としています。東西の哲学を中心とした古典を深く読み、参加者が自由に対話(ダイアローグ)し、理解を深め、更に論文を書くセミナー『市川アカデメイア』は教養教育の一つの柱です。

2012年からスタートし今年で6年目、理系文系を問わず、高校2年生希望者を対象とした放課後の通年セミナーです。参加者は30名~60名、年間6回、一回2作品計12作品のテキストを、生徒は事前に熟読し、自らの考えをまとめ参加します。教室では自由な発言・対話による意見交換を通じて理解を深め、異質な考えや多様な意見に啓発され、切磋琢磨します。進行者(モデレーター)や助言者(リソース・パーソン)の先生がテキストの解釈や背景について適宜助言をし、対話を活性化させますが、主体はあくまでも生徒です。進行者、助言者の先生は、本校教員と外部の有識者が共同で務めます。

テキストは、プラトン『クリトン』、旧約聖書『イザヤ書』、アリストテレス『形而上学』、荘子『荘子』、デカルト『方法序説』、西田幾多郎『善の研究』、ルソー『人間不平等起源論』、M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、オルテガ『大衆の反逆』、E.フロム『自由からの逃走』、W.Shakespeare『JULIUS CAESAR』,Abraham Lincoln『The Gettysburg Address』の12作品の要所を抜粋した冊子です。生徒は12作品の対話後、年度末までに自分の好きな1作品を選び、作品全体を通読し、関連した資料を読み、対話で得たことをふまえ、自分の論考を加えた論文を提出します。(2,000字以上16,000字以内)

小職も毎回傍聴していますが、テキストは、全て相当歯ごたえのあるものばかりであり、必ずや生徒の教養力を高め、古典という人類の高い知に挑戦する自信になると確信しています。

アカデメイア(ギリシャ語)は、古代ギリシャのアテナイ郊外の地名であり、プラトンが開設(紀元前387年)した学校名として継承されました。算術、幾何学、天文学などの学びを経て、統治者が受けるべき哲学、問答法を教授しました。高度な研究・教育機関を示すアカデミー(Academy)の語源でもあります。『市川アカデメイア』を通して、生徒たちは知の快楽を味わい、ソクラテスの言う『大切なことは、ただ生きることではなく、よく生きることであり、立派に、正しく生きることである』を、自ら会得してほしいと思います。

通常は年6回ですが、今年は、創立80周年を記念して5回とし、うち1回は11月25日(土)午後半日を使い、『市川アカデメイア・スペシャル』として、外部の識者、他校の先生方にも公開します。2グループ別々の4作品のテキストを同時並行で使い、卒業生にも対話に参加してもらう予定です。

モデレーター、リソース・パーソンとして毎回指導いただく、日本アスペン研究所の先生方のご指導に心から感謝したい。更に本校教員の熱意、生徒の高度な学びへの挑戦こそが、この『市川アカデメイア』を生み、たゆまぬ改善の原動力になっています。詳細は、市川学園HPに近く掲載する『市川アカデメイア』のサイトを参照いただくと、実際の対話の状況などをご覧いただけます。

最後に、この市川アカデメイアの源流についてふれたいと思います。

1949年米国コロラド州アスペンで開催された「ゲーテ生誕200年祭」に、シカゴ大学総長のロバート・ハッチンスは、「”対話の文明”を求めて」と題する講演を行いました。そのなかで、生き方における瑣末化、無教養な専門家による文明への脅威に警鐘を鳴らし、人格教育の必要性と相互の理解・尊敬に基づく“対話の文明”を訴えて、聴衆に強い感銘を与えました。ここで提議された、「専門化と細分化、職能主義、効率主義、短期利益主義などの飽くなき追求によって失われていく人間の基本的価値やコミュニケーション、あるいはコミュニティを再構築するにはどうすれば良いのか」という問題意識が原点となり、1950年、ゆっくりと語りあい、思索する「場」を提供することを目的として、アスペン研究所が設立されました。

また翌年には「アスペン・エグゼクティブ・セミナー」がスタートしました。このセミナーでは、モーティマー・アドラー(シカゴ大学教授・哲学)が編纂にあたった西欧の名著全集『グレートブックス』から、数百ページにおよぶ古典抜粋集を基本テキストとして使用するプログラムを導入しました。時の試練に耐えた古典名著を共通のテキストとして対話によるコミュニケーションを通じて、各自の答えを見つけ出していこうとするものでした。ハッチンスの提起した問題意識と、アドラーの開発したメソッドを基本としたユニークなセミナーがスタートし、現在も続いています。

このエグゼクティブ・セミナーに参加された故小林陽太郎氏(元富士ゼロックス会長)が深く感銘され、長い準備の後1998年日本アスペン研究所を有志と共に設立され、自ら会長となりました。専門の先生方の協力で、日本の経営者向けに開いたのが、日本版アスペン・エグゼクティブ・セミナーです。小職はこのセミナーを知り、さらに高校生向けのジュニア・セミナーを視察する機会を得て、高校生の熱意と積極性に感動しました。

その後学園生徒の派遣、教員参加の機会を得、日本アスペン研究所のご協力のもとで、学園として独自のセミナーを実施することが出来たのであり、関係各位に深く感謝するものです。

詳細は、アスペンの原点とその目指すもの
(一般社団法人日本アスペン研究所のHP) http://www.aspeninstitute.jp/ideal/
を是非参照願います。

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