170.ノーベル賞の受賞に思う・・・野依良治先生の講演と警鐘

noyori2019.11.01
市川学園理事長・学園長 古賀正一

15号、19号、21号の台風による度重なる豪雨の被害は、甚大なものでありました。被害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げます。

学園も物的被害は多少ありましたが、人の安全は全てに優先するをモットーに、生徒の帰宅時刻、休校等を早めに決断し、施設の管理・状況把握など万全の対策をとりました。あらためて河川氾濫の恐ろしさを肝に銘じたいと思います。

さて、毎年10月はじめは、ノーベル賞の受賞に関心が沸きます。今年も旭化成の吉野彰博士が化学賞を受賞され、うれしい限りです。『リチウムイオン二次電池の開発』という身近な製品の研究開発だけに、非常に感激しました。また、企業の研究者が受賞されるのも珍しく素晴らしいことです。

日本人受賞者(含む日本出身者)は28人となり、そのうち自然科学関係は24人です。24人の内21世紀での受賞は18人で、アメリカに次ぎ2位です。日本が貧しい頃の研究成果が多く、今後の若い人材のへの研究環境整備と研究開発投資が重要です。

ノーベル賞受賞者の後姿に学び、科学者・研究者・技術者を志した人は多いと思います。戦後の荒廃の中、湯川秀樹先生の中間子論による受賞は、日本人に勇気を与えました。

ノーベル賞受賞者のお話は、若い生徒たちへの影響が極めて大きいので、機会やご縁をみつけ学園にお迎えすることを以前より企画してきました。

土曜講座・特別講座の講演にお迎えできたのは、2006年大隅良典先生(受賞前)、2011年小柴昌敏先生、2014年根岸英一先生でしたが、いずれも生徒に深い感銘を与えていただきました。

今年は、長年の念願が叶って、10月に野依良治先生をお迎えすることができました。

21世紀初の受賞者であり、受賞理由は『キラル触媒による不斉反応の研究』で、受賞後も名古屋大学教授、理化学研究所理事長を歴任され、今も科学技術研究機構(JST)CRDSセンター長として、活躍されています。また教育再生会議議長、中央教育審議会委員などを務められ、教育に関して熱意を持って発言してこられました。

今回野依先生は、500名を超える生徒、教員、保護者へ1時間半の講演をおこない、生徒の質問にも丁寧に答えていただき、理科教員とも親しく対話・激励いただきました。

日本の教育・研究のあり方への警鐘、若い生徒への期待、広く海外特に異質と交流することの重要性、ハングリーさ等を強調されました。

10月24日に行った『私が歩んだ道、君たちが創る社会』と題した講演の要旨は次の通りです。

  1. なぜ科学を学ぶのか
    「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこに行くのか(ポールゴーギャン)」という問いに答えるのが科学である。科学は人間の自己中心性からの脱却を促す。
  1. ご自分とご専門の話
    1949年湯川秀樹博士に憧れる(小学校5年)、1951年(中学校1年)父と東洋レーヨンの製品発表会に行き『ナイロンは石炭と水と空気から生まれる』ことに感動して、化学の道に進みたいと思い、京都大学工学部で有機化学を学び、1966年不斉触媒反応に出会った。
    かたちには同じものどうし、違うものどうし、左右の関係(鏡像)のものがある。分子(鏡像異性体)の左右では全く効能が違う。左手型グルタミン酸ナトリウムは味の素の旨みがあるが、右手型は苦みがある。左手型サリドマイドは催奇性があり、右手型は鎮痛効果がある。左手型右手型を切り分ける不斉触媒反応を研究し、BINAP触媒を開発し水素付加で実現、さらに不斉合成の工業化(メントールなど)にも尽くした。
  1. 独創的研究
    自分で良い問題を見つけ正しく答えることが大切。そのためには過去の偉大な研究の上に積み上げること。どんな優秀な人でも傲慢になってはいけない。謙虚であることが大切。アイザック・ニュートンのような天才も、「私が彼方を見渡せるのだとしたら、それはひとえに巨人の肩に乗っていたからです」といっている。またマックス・ウェーバーは、「科学は進歩し続ける宿命にある」といっている。
  1. 独創的科学者に必要な特徴
    良い頭ではなく強い地頭(学歴は無関係、自学自習)、感性と好奇心、反権力・反権威(変人、非社交的、独立独歩、前衛)、孤独に耐える精神力(思い入れ)、異質に出合った経験、貧しい環境を克服する意志があること。異質に出会うことは特に重要である。ノーベル賞受賞者は、受賞時点で平均4.6カ所の大学・研究機関を渡り歩き異質の国や人と出会っている。井の中の蛙では駄目である。
  1. 海外に行くこと
    日本は高等教育での海外に行く人数が、年間3万人程度と少ない。中国は80万人。これからの科学界は米中2強時代になる。日本は論文数、特に国際共著論文が少ない。数だけでなく日本ならではの質の高い論文が必要。日本の文化、言語が重要になる。
  1. 科学技術イノベーション
    文明社会の礎である。一人の科学者の独創的発見をもとに10~100人の協力で優れた技術を生み、1000人の知恵を集めて社会的価値を創る。明確な目的を持ったチーム(組)が重要で、異なる専門能力者の集団を意図的に創ることが必要。
  1. 現代は終わりの始まりか?
    現代は矛盾内蔵型の社会である。惹起した変化に対処せねばならぬが、責任を回避している。過剰な数の人類活動による深刻な気候変動、環境劣化、資源枯渇、経済格差の拡大など深刻な問題である。
    「地球はすべての人々の必要を満たすに十分であるが、いかなる人の強欲も満たすことができない(マハトマ・ガンジー)」、竜安寺の知足のつくばい(水戸光圀公寄進)には、『吾唯知足』(吾唯足るを知る)の文字が刻まれている。気候変動への大人の無策無関心に対し、スウェーデン人16歳グレタ・トゥーンベリさんが強く批判した。
  1. 文明の持続的発展にむけて
    科学技術の発展は経済成長よりも社会発展、人類文明存続のためにあらねばならない。国家的野心や過剰な個人的欲望の集積が、環境破壊、文明の危機を招きつつある。人類の命運を握るのは、人間自身の価値観にある。国連2030アジェンダSDGs(17の持続可能な開発目標)の本当の推進が重要。

最後に若者たちの『令和維新の志』に期待したいと結ばれた。

①科学技術、ビジネス、社会制度のイノベーションとともに、自らを正すための『価値観のイノベーション』が求められる。

②日本人は自らの文化に矜持をもち、そこに根ざす思想(自然の摂理、人間性尊重)をもって貢献すべきである。

③若い世代には、世界の政治、経済、科学技術などあらゆる分野の統治に積極的に参画し、日本の叡智を提供し、健全な文明社会の構築に貢献してほしい。

これまでのメッセージ:message-menu