8.『どうぞ』ということについて~挨拶と感謝の重要性

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『どうぞ』ということについて ~挨拶と感謝の重要性

理事長・校長 古賀正一

2006. 8. 1

小さな一言が人間関係をがらりと変える。

昔 中学生の頃に読んだ英語の副讀本(故 古賀米吉著述の山海堂受験英語叢書)に、ガーディナーという人の「どうぞということについて(On Saying Please)」なる小文があり、今でも奇妙に記憶に残っている。

エレベータを手動で操作していた頃の英国ロンドンでの話である。ビルの来訪者とエレベータを操作する係の若者との間で、毎日気持ちの良い挨拶が交わされていた。ある朝、急ぎ足の紳士が一言、トップ(最上階)というと、若者はどうぞトップへ(「Please top.」)と言ってほしいと主張。口論の末、若者は客の紳士をエレベータの外へ放り出してしまう。
勿論暴力をふるった若者は、法により罰金を科せられた。紳士と若者の二人のその日一日の不幸と不機嫌は押して知るべしである。
原因は、その朝些細なことで妻と喧嘩した紳士の不機嫌がもとであったかもしれぬ。若者は自尊心を傷つけられ、その夜妻や子に当り散らしたかも知れぬ。

この小文の教えは、たった一言の「どうぞ」(please)がないために、人間関係を悪くし、不機嫌と無作法が伝播することである。人間関係やコミュニケーションにおける一語の影響の重大さを示唆している。

「どうぞ」と云えという法律はない。礼儀であり、社会的常識である。礼儀やマナーの第一の条件は、他人の労への感謝の気持ちであり、思いやり、ねぎらいである。それが「どうぞ」や「有難う」という言葉に現れる。明るい挨拶や思いやりのひとことは人間関係を良くし、世間を明るくする。米国では、子供に最初に教える大切な言葉は、「Please.」「Thank you.」「Excuse me.」 の三つの言葉であるという。

8年前に異業種企業の経営者の勉強会仲間で、〔みんなで明るく挨拶しよう会〕をスタートさせた。小職も幹事として参加、今や全国の会員数約500名となった。年1回は総会を開き、挨拶に関する良き事例、普及の苦労、著名人の講演、標語作成、表彰などを行ってきている。

市川学園も、この会で一昨年表彰を受けたが、挨拶運動はまだ緒についたばかりである。明るい挨拶に満ちた学園でありたい。またご家庭でも挨拶を励行いただきたい。「行ってきます」「行っていらっしゃい」「ただ今」「お帰りなさい」「頂きます」「ご馳走様」など、昔はどこの家庭でも当たり前のやりとりであった。

挨拶は家庭から始まる。挨拶が家庭から近所、学校から地域、社会に広まれば、日本はよい国になる。挨拶は小さなことだが、小さなことから変化が起こり、家庭も学校も国も変わる。

挨拶のコツは、(あ)明るく、(い)いつも、自分から(さ)先に、(つ)続けてである。

ギリシャの哲学者は「善(よいことをすること)とは、快感である」といっている。明るい挨拶、親切なひとことは、話す方も受ける方も気持ちが良い。そこには感謝の気持ちや暖かい思いやりの交流があるからである。