大町自然観察会

市川市の自然環境を体験! 中学1年生

中学1年生は,11月に市川市北部の大町自然公園とその隣接地域を自然観察会を実施しています。
武蔵野の面影を残す台地の雑木林と谷津田の湿地植物とそこに生息する動物の観察を通して,日頃通学している市川市本来の自然環境への理解を深めます。

<観察会の様子>

本校生物科教員から説明(雑木林の生態,マント群落など)を受ける

公園内で斜面林や湿性植物の説明を受ける。

雑木林の説明に聞き入る。

市川中学校では,1974年から中学1年生を対象に,市川市北部にある大町自然公園と隣接する農家のクヌギの大木,モウソウチクの竹林,松林,杉林を見 学後,大町自然公園の湿地と斜面林(雑木林),野鳥の観察を行っていましたが,竹林や杉林が伐採されたことにより,1995年より新しい観察コースにて実 施しています。

観察会のポイント
1.植物群落の調査法 構成種,広さ,胸高周,起源,林床(下草・明るさ・リター層)
2.林床の動物 昆虫類,クモ類,多足類,ミミズ類,線虫類,菌類,細菌類など多くの小動物の存在とはたらき(有機物分解,森林生産力向上)
3.湧水と流れ 洪積台地,沖積低地,湧水,水路と湿地植物
4.野鳥 秋から冬にかけて,留鳥や冬鳥が観察できる。野鳥観察は朝方が良く,午後の観察では多くを期待できない。
ヒヨドリ,キジバト,ムクドリ,ハシブトガラス,ハシボソガラス,シジュウカラ,メジロ,コゲラ,モズ,コサギ,カルガモ,マガモ,オカヨシガモ,ハクセキレイ,カワセミ,カケスなどのうちどれだけ観察できるか?
5.湿地植物 谷津の植物は,休耕田の湿地で約90種類の植物(マコモ,ガマ,コガマ,ヒメガマ,アシ,カサスゲ,オモダカ,セリ,ミゾソバ,クレソンなど)が生育している。水生植物中心で中生殖物も見られる。
昭和47(1972)年,に開設された大町自然公園は,できるだけ自然の状態(放置状態)にする方向で管理運営された。当時は,休耕まもない水田で,セリが一面に生えてセリ畑のようであったが,その後の湿地の様子は大きく変化してきた。(遷移)
6.レポート作成 自然公園の概略,説明内容の報告,関係用語の整理,感想などを記す。詳細は観察会資料の8ページ参照。
1.谷津とは
台地が低地と接する部分は台地が流水で浸食され,台地の奥深く谷が形成される。この谷を谷地とか谷津という。千葉県の北部の台地には谷津地形が多く存在している。都市近郊では開発のため谷津地形は台地と共に平らにならされ,宅地や工場用地となり失われつつある。市川市は開発の進んだ地域で、自然の谷津地形ほここしか残っていない。谷津の特徴は台地(関東ローム層)が浸食されてできた谷で、谷の形成後も浸食や堆積をくりかえしてきた。台地の縁や谷津には湧き水があり谷津はきれいな水がいつも流れ、下流域の大切な水源となっている。台地の斜面は薪や炭をとるための雑木林(ナラやクヌギ林)や建築材用に杉やヒノキが植えられ、森林を形成している。谷は水田として利用している。中央や台地縁には水路がある。谷津に作った水田を谷津田という。谷津田は水田に引く水が冷たいので収穫量は平地の水田と比較して少ない。水田に引く水の水温を上げるため、水の取り入れ口を浅くし何も植えずにおく方法や、上の田から下の田に順次水を流す方法などをとっている。また、谷間なので日陰になることが多く稲の生育条件は良くない。しかし、周りが林であるので、樹木の落ち葉 は水田の肥料となるという良い面もある。
台地上は畑、森林、住宅などがあり、台地上に降った南の多くは地下に浸透し地下水となる。地下水の一部は地下の粘土層に妨げられ地下深く浸透できず地下水脈(水脈)ができる。この地下水層が谷津に出現する所に水が湧きだす。
斜面を谷津とそれに接する斜面林は生物の宝庫である。斜面林は台地上の森林,畑,草原とつながり,動物の移動は容易である。また、森林は大型の動物の生息場所や餌場として大切である。谷津は水辺環境、即ち湿地,小川,池など各種環境があり,ここに生育する植物の種類は多い。これら植物を餌や住家とする動物は必然的に多くなる。水中には水生動物が池,瀬,淵など適した環境を選び生息している。私たちが観察する大町公園の谷津は「長田谷津(ながたやつ)」という名前がついているが、ここでは大町公園ということにする。2.大町公園のはじまり
昭和45年(1970年)頃から、食料である米がパン食やめん類食など小麦食の増加により米食が減少し,米の生産が過剰となってきた。過剰米を減らすには,消費を増加させるか,生産を減少させるしかない。消費の拡大に小学生の給食をパン食から、米食に一部を変更したぐらいではどうにもならなかった。そこで政府は生産を減らす政策をはじめた。それは、水田の耕作をやめることを奨励した。始めのころは水田を耕さないと奨励金がもらえた。耕すことを止めた水田が休耕田である。この休耕田は日本各地に存在した。市川市も例外ではなかった。
これより前、昭和30年代に所得倍増計画が始まり、経済活動は活発となり日本の経済は急激に成長していった。経済成長は産業の発展と不可欠であり,各地に工場群ができ自然破壊がはじまり工場の操業に伴い,大気汚染,水質汚濁,騒音,灰塵など様々な公害を生み出した。また、経済の発達は都市への人口の集約化が起こり都市型公害(大気汚染、騒音、水質汚濁など)を生み出した。公害問題の解決は日本の急務となった。都市部では住民の安らぎの場としての緑地の保全が重要な課題であった。
市川市でも環境問題が起こり、縁の保全も必要となった。このようなとき「長田谷津」の休耕田を利用して公園を作る計画がもちあがった。計画では谷津田が埋め立てられ平凡な都市公園になる可能性があることが判り、市川市に在住、または、勤務する人達が集まり市川自然環境調査グループを作り、長田谷津とその周辺の生物調査を行った。調査結果市川市に提出(1973)した。調査報告書提出以前に、長田谷津を大町自然公園とし水路や湿地はそのままとし自然の景観を変えないよう要望した。
それがほとんど受け入れられ昭和48年(1973年)3月開園した(昭和47年から利用)。休耕田の湿地を埋め立てず,また,小川の流路を変えないため湿地内に橋をかけた。開園当初の橋はすべて木材であったが、木材はすぐに腐り,橋が危険な状態になったので現在のコンクリート橋とした。開園当時はこのような自然公園はなかったので全国的反響があった。
現在は自然状態に保たれた湿地は半分になり、名称も”自然”がとれ”大町公園”となった。しかし,ほとんどの斜面林は健在である。
大町公園の隣接地にほ少年自然の家,動植物園,自然博物館,植物園,市川霊園,斎場などの公共の施設の他に,民間のフィールドアスレチックがある。また,大町公園周辺は市川市では有数の梨の産地であり、夏から初秋にかけ梨狩りもでき,ここを利用する者にとっては同時にいろいろな施設を利用できるので好都合である。3.位置  市川市の北部、下総台地の南の縁が侵食してできた南向きの谷。
北緯35°46′,東経139°58′の位置にある。

4.大きさ
東西80m,南北1kmの細長い谷津田と両側の斜面林から構成されている。
面積は10.3ha。湿地の部分は市川市の所有だが斜面の部分は民有地である。大町公園はこの斜面林あっての公園で,土地の所有者に林の伐採をしないよう契約し補助金を支出している。

 
大町自然公園関係で,参考になるホームページ への リンク
市川市自然博物館
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/shisetsu/haku/index.html
市川自然博物館だより ~2003.2・3月号 自然のある場所Ⅵ 長田谷津
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/shisetsu/haku/sizen/dayor/dayor_84.htm
市川自然博物館だより ~1994.10・11月号 やさしい生態学4 大町自然観察園
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/shisetsu/haku/sizen/dayor/dayor_34.htm
市川自然博物館だより(臨時増刊号)
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/shisetsu/haku/sizen/dayor/dayor_06.htm