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2025.11.30理事長メッセージ

理事長からのなずなメッセージ#240 100周年行事に思う・・・創業と守成

2025.12.1
市川学園理事長・学園長 古賀正一

 11月は、高校2年沖縄修学旅行、中学2年京都研修旅行、中1・中3の体育大会、3者面談などが行われました。また恒例の同窓会主催のホームカミングデイ(HCD)が9日(日)に行われ、約500名が参加しました。今年は卒業年次末尾が7(高校27回、37回・・・77回)の学年が当番幹事となり企画されました。年次ごとの教室での交流、恩師との歓談、写真撮影の後、國枝記念国際ホールでの全体行事では、学園近況紹介、学園OB医師3名によるパネル討議「人生100年時代をどう健康に生きるか」、吹奏楽部の紹介と演奏、校歌斉唱など有意義な「一期一会」の半日を過ごしました。
 さて今年は昭和100年、大正の終わりから昭和の初めに創立された私学が多く、各校で100周年の式典・祝賀行事が行われました。男女席を同じくせず、公立優先で、私学への公的支援がなかった時代の創立の苦労は、並大抵ではなかったと思います。各々異なる建学の理念を持って学校を設立した創立者の情熱は激しいものです。女子教育の専門機関、実業学校(工業・商業)、高等女学校、旧制中学校などとして、地域の実務人材育成や女子教育、男子中等教育のニーズに応えました。また制度改革によって私学が設立しやすい環境が整い、都市部の人口増、産業の発展、教育の必要性の高まりなどの追い風もありました。
 設立の経緯は異なるもチャレンジ精神は共通で、創立者はみな今でいう起業家であったと思います。創立に共鳴する多くの支援者の存在も重要でした。終戦後、異なる設立経緯をもつ学校が、新制の中学校・高等学校に昇格し、各々特色ある私学を実現してきました。
 市川学園は、2027年に創立90周年を迎え、2037年に100周年を迎えます。創立時は、市川周辺から通える旧制中学校は、私立関東中(現在の敬愛学園)、私立成田中(現在の成田中学・高等学校)、県立千葉中、県立佐倉中、東京では私立開成中、府立三中(現両国高校)など、非常に限られており、ニーズは高かったと思います。
 建学の精神を同じくする兄弟校である船橋学園東葉高等学校が、今年100周年を迎えました。心からお祝い申し上げます。同学園は、1925年賀川宣勝先生により船橋実科高等女学校として開校され、1943年古賀米吉先生らによる財団法人船橋女学校として引き継がれ、終戦後新制の女子中学校・高等学校として成長してきました。1996年宮本町から飯山満の新校舎へ移転し、2005年に共学され現在に至っています。
 創立者賀川宣勝先生の女子教育への熱意、太平洋戦争の真只中に学校を引き継いだ古賀米吉先生の決意とともに、歴代の理事長、校長、役員、教職員、同窓会、後援会の皆様の尽力に、心から敬意と感謝の念を深くします。男女が同権でなく、私学への助成がない創立時代の女子教育の苦労は、並大抵ではなかったと思います。終戦後、新制の中学校・高等学校として再スタートし、女子は船橋学園、男子は市川学園として、共通の建学の精神(人間尊重、個性尊重、第三教育)のもと、自主的教育が実践されてきました。
 私は1983年、父古賀米吉逝去後、理事長を拝命しました。当時は企業経営と市川学園経営の兼任で、理事や校長以下にお任せすることが多く、古賀加奈子理事長代行(校歌作詞者、元カウンセラー)が日常業務にあたっていました。以下の大事な意思決定に関与し、実行できたことは多くの方のご支援の賜物です。
 ①宮本校舎・土地の売却と飯山満グラウンドに新校舎建設を同時進行したこと
 ②建設会社との連携と教職員の要望での質の高い校舎仕様を実現できたこと
 ③故林静誠氏他の尽力で地元の長屋門を移設し東葉門として学園のシンボルとしたこと
 ④女子校として経営難の中、共学を決断し、讃岐谷理事長以下に引き継ぐことができたこと

 現在の東葉高校の発展は、素晴らしく、理事長・校長以下教職員の尽力と多くの方の支援によるものです。これからは少子化が更に進み、学校間競争が激化する中、自ら学び自立した特色ある次世代を担う人材、即ち第三教育の達人を育成しなければなりません。AIが急速に発展する中、AIを活用しつつ協調し、人間性のある、やさしさとたくましさをもった人間の育成を願っています。 

「創業は易く、守成は難し」、次の100年に向け更なる発展を祈念します。