6.第三教育の本質~われ以外皆わが師

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第三教育の本質 ~われ以外皆わが師

理事長・校長 古賀正一

2006. 5. 1

第三教育は、当学園の不易の教育方針であり、創立以来の古賀教育の原点である。云うまでもなく、第一の教育(家庭)、第二の教育(学校)に対比し、同時並行して第三教育(自ら学ぶ、自分自身からの教育)は行われるもので、独学、自習、自己啓発、仕事での学び、生涯教育などを包含するものである。第三教育こそが、家庭から巣立ち、最終学校を卒業した後にも、進歩し学びつづける一生の教育の柱である。

親、教師からの教えをもとに、大きく成長するためには、主役である生徒を第三教育の優等生に育てることが重要である。第三教育で最も大切なことは、学び方、学ぶ楽しさの習得である。更に具体的には、生徒の関心・興味・得意の発見、読書の習慣と喜び、自ら調べ考えまとめる力、何からでも学ぼうと言う積極姿勢と好奇心、向上心と挑戦の精神であろう。結局社会に出てからは、第三教育だけが頼りであり、職業を通じ自分を成長させる(専門力と人間力を鍛える)ことが人生の大切な目標となる。学校の優等生であっても、第三教育の下手な人は、伸びない。学校では晩成であっても、第三教育の得意な人は、人生において成功者になる。

第三教育の柱の一つは、読書と図書館である。当学園では、図書館を第三教育センターとよぶ。蔵書数約11万冊である。朝7時から夕方6時まで開館し、読書を推奨している。また中学高校向け各100冊の本を選び、冊子『市川学園100冊の本』で紹介している。

小職は47年間、一企業で技術者として、ビジネスマンとして、最後は経営者として勤め、第三教育を実践し、多くの部下を育ててきた。職業は人を育てる学校であり、会社や組織体は人を鍛える道場であるという確信を持っている。

青梅市にある吉川英治記念館には、吉川先生直筆の『我以外皆我師』(われ以外皆わが師)の書がある。大好きな言葉である。自然、人との出会い、仕事、旅、つらいこと楽しいこと全てが自分の先生、自分以外は学びの対象であると言う意味である。吉川先生は、『新平家物語』『宮本武蔵』『太閤記』などの著者として有名なだけでなく、日本最高の知識人の一人であった。小学校中退、若い頃は給仕、行商、ドックの工員、蒔絵師職人などあらゆる下積みの苦労を重ねた方である。それだけに、『我以外皆我師』の言葉は重く、まさに第三教育の本質を示す。

故古賀米吉は第三教育の提唱者であり、実践者であった。苦労して40代半ばまで、教師、学生、独学を並行させ、たどりついた道が第三教育であった。江戸の儒学者 佐藤一斎の『少にして学べば壮にして為すあり、壮にして学べば老いて衰えず、老いて学べば死して朽ちず』(言志四録)をこよなく愛した。

今日日本の教育に於いて最も重要なことは、一人一人の才能を伸ばし、創造性と人間性の豊かな日本人を育成することである。IT時代、インターネットは知識の宝庫である。第三教育の積極的実践者にとっては、広い世界にふれることができ、チャンスに恵まれる。機会は平等、結果はその人の努力次第という希望の実現の時代である。第三教育がますます輝きを増す。

当学園教職員自身も、第三教育の伝道者であるとともに実践者として、常に進歩向上に努めている。世の変化と進歩は早い。教育の世界も進歩しなければ、おくれをとる。

生徒から学ぶことも多い。ローマのストア学派哲学者セネカの言葉『人は教えつつ学ぶものである』をかみしめたい。

最後に、第三教育センターの入口に、拙筆ながら、下記の如く小職の第三教育への思い、生徒への願いを書いた。

私の願い
親から受ける第一教育、
教師から受ける第二教育、
自らすすんで学ぶ第三教育、
第三教育こそ生涯の宝、
(第三教育の)達人になってほしい