劇団 東京芸術座

芸術鑑賞会(中学・高校)
~本格・本物と出会う秋

市川学園芸術鑑賞会

知性・文化と感性のきらめき~

 

第18回芸術鑑賞会 平成16年9月9日(木)

演劇鑑賞

『12人の怒れる男たち』

東京芸術座

於:本校・古賀記念アリーナ

午前 高校生   午後 中学生

あ ら す じ
 ニューヨーク・貧民街で起きた,ある殺人事件。

“少年”が父親を,飛び出しナイフで刺し殺した。階下の老人が「殺してやる!」という声を聞き,直後に,階段をかけ下りていく少年を見た。

高架鉄道の向こうの窓から,婦人が現場を目撃した。

検死官の推定した死亡時間に,少年は映画館にいた,と言ったが,彼の姿を見たものはいない。

12人の陪審員の評決は“5分間”で済むと思われた。

だから,一人の男が「せめて1時間,話し合いましょう。」と言い出した時,11人の冷ややかな視線が,男に集中した。

この夏一番の暑さになるだろうと予測された日の午後,扇風機もガタついている殺風景な裁判所の一室で,男たちの会話がギクシャクしながら進む。

完璧な“事実”が,意外な側面を見せる。

か い せ つ
作 : レジナルド・ローズ   訳 : 額田やえ子

~ TWELVE ANGRY MEN ~

「十二人の怒れる男」は、アメリカの法についての戯曲である。アメリカ合衆国では、ある罪を犯したとして起訴された人物は、12名の人物が事実をきいた上で、その者が確かにその罪を犯したと判定しない限り、刑務所に送られることはない。これが陪審制度であり、この12名が陪審員である。

陪審の目的は、個人が政府から不当に扱われ、身に覚えのない罪で有罪になるのを防ぐことにある。陪審裁判を必要条件とすることは合衆国憲法および50州の州法に明記されている。ある州では、被告人は陪審の変わりに裁判長に有罪・無罪の判断を求めることも出来るが、これを禁じている州もある。民事裁判では、政府が陪審の有無を決定することが出来る。

陪審をつとめることは、あらゆる市民の義務とされている。ある公判が開始されることになると、十数名の人が陪審として出廷するように要請される。この人々の中から被告弁護人と検察官が12名を陪審員に選び出す。各人は弁護・検察の双方から質問を受け、事件に対し、また、被告人に対して先入観や偏見を抱いていないかを調べられる。偏見を持った人物は、陪審として公正な判断を下し得ないとして忌避される。

陪審は、提出されたあらゆる事実をきいた後、裁判長からその犯罪に関する罰則の説明を受け、退廷して陪審室に集まり、評決を出すのである。12名全員が有罪か無罪に一致しなくてはならない。彼らは意見が一致するまで討議するか、あるいは法廷にもどって、一致をみなかったと裁判長に報告する。この場合、裁判所は、新しい陪審員を選び直してもう一度、はじめから裁判をやり直さなくてはならない。

しかし、これは法律書に述べてある陪審制度の機能の仕方である。「12人の怒れる男」は、十二人の陪審員が、ある若者の生死を決断しなくてはならない立場に立ったとき、彼らはどうしたかに焦点を合わせている。劇は、法廷ですべての手続きが終わったところから始まる。陪審員は陪審室に退き、そこで評決を下さなくてはならない。法廷に提出された事実のほかに多くのものが、彼らの判断に影響を与えることが、この室内で描かれる。被告の若者に対する彼ら自身の感情、彼ら個人の生活とそしてトラブル、他の陪審員に対する反感などなどが・・・・・。

〈付記〉 このドラマはニューヨーク市での出来事であり,執筆された50年代では,ニューヨーク州では1級殺人には死刑が適用されていた。現在は死刑が禁じられて,最高刑は終身となっている

「12人の怒れる男」 (劇書房)より

生徒代表からの

花束贈呈

東京芸術座の方と

生徒会役員・演劇部の交流会

交流会後の記念撮影